2014年1月15日水曜日

制御不能の状態にある 中国の不動産バブル:北京にあるマンションの数は?

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JB Press 2014.01.15(水)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39632

今、制御不能の状態にある
中国の不動産バブル

 「中国不動産バブル崩壊」そんな記事をよく目にする。
 そこにはいろいろな数字が飛び交っているが、地に着いた情報は意外に少ない。
 多くは海外のシンクタンクが発表した数字を引用しながらバブルについて語っている。

 本当のところはどうなのだろう。
 細かい数字を羅列することになって恐縮だが、実際にこの手で中国不動産の時価総額について計算してみた。

■都市部の住居はほとんどがマンション

 中国の不動産を語る上で、いくつか注意したいことがある。
 まず、中国の都市に一戸建てはまずなく、そのほとんどがマンションであるということである。
 また、新築マンションを購入する際に内装は自分で行う。
 そのために、購入後、別途、費用が必要になる。

 また、不動産屋に表示してある面積は廊下などの共有部分やベランダを含んだものであり、実際に使用できる面積は表示面積の7~8割に留まる。

 このような知識を持った上で中国の不動産を見てみよう。
 新築物件を見ると標準的な広さは100平方メートル、日本より広いようだが、先ほど述べたように共有部分などを含んでいるために実際に使える面積は70~80平方メートル程度に留まり、日本のマンションにほぼ等しい。

 同じ広さのマンションでも場所によって価格が変わる。
 中心部の便利なところで高く、不便な郊外で安い。
 これは日本と同じ。
 社会主義を国是に掲げているものの、不動産価格は市場経済に基づいて形成されている。

■中心部では100平米で3億円以上

 今回は首都である北京について考えてみたい。
 北京っ子は場所を言う際に、「3環の内側」などといった表現をする。
 これは東京に環状7号線や8号線があるように、北京にも環状線が走っているからだ。
 内側から2環、3環、4環、5環と並び、現在は7環まで開通している。
 ただ、7環は北京市の隣の河北省を走っており、北京と言うには離れすぎている。

 北京っ子は5環の内側が北京だと思っている。
 ただ、渋滞がひどい北京では、5環周辺でも中心街に出るのに2時間程度かかる。
 5環まで行けば、大変に不便である。

 北京は「明」の都であり、その当時に都市の骨格が作られたために、日本の平城京や平安京のように道路が直交している。
 そのために、環状線は円形と言うより四角形に近い形をしている。

 ここで、環状線を正方形と考えて、一辺の長さが2環は6キロメートル、3環は12キロメートル、4環は18キロメートル、5環は28キロメートルと仮定しよう。
 そうすると、5環の内側の面積は784平方キロメートルになる。
 東京の区部の面積が622平方キロメートルだから、5環の内側の面積は東京の区部にほぼ等しい。
 なお、現在、北京の人口は約2000万人であるが、一昔前までは約1000万人であった。

 先年末に北京に行って不動産価格を聞いて回ったが、不動産価格はそれまで聞いていた以上に高騰していた。
 その状況は1980年代末の日本を大きく上回る。

 100平方メートル程度のマンションの価格は、東西南北で若干の違いはあるものの、2環の内側ならば1戸が2000万元(1元を16円として約3億2000万円)以上するという。
 3000万元、4000万元と言われても驚かないと聞いた。
 2環と3環の間で1000万元、3環と4環の間は500万元、4環と5環の間でも300万元程度はする。

北京にあるマンションの数は?

 ここで、不動産の時価総額を推定するために、北京にマンションがいくつあるか考えてみたい。

 2環の内側の面積は36平方キロメートル、人口密度を千代田区や港区と同程度と考えて1万人/平方キロメートルとすると、2環の内側に36万人が居住していることになる。
 世帯人数を3人とするとマンションの数は12万戸になる。

 同様に、2環と3環の間の面積は108平方キロメートル、人口密度を中野区程度(2万人/平方キロメートル)とすると、人口は216万人、マンション数は72万戸。
 3環と4環の間は180平方キロメートル、人口密度を世田谷区程度(1万5000人/平方キロメートル)とすると、人口は270万人、マンションの数は90万戸。
 また4環と5環の間は460平方キロメートル、人口密度をさいたま市程度(1万2000人/平方キロメートル)とすると、人口は552万人、マンションは184万戸になる。

 この推計に基づくと、5環の内側の全人口は1074万人、マンションは358万戸になる。
 一昔前の北京の人口は1000万人、その多くが5環の内側に住んでいたことを考えると、この推定はほぼ妥当としてよいだろう。

■富裕層が高騰させるマンション価格

 中国にとって北京は東京とは違った意味を持っている。
 それは、東京以上にいろいろなものが北京に集中しているためだ。
 例えば、がんなどの難病を治療できる医療施設は北京にしかないとされる。
 よい学校や文化施設も集中している。
 また、中国では何を行うにしても人脈が重要になるが、北京に住んでいれば人脈を作る上でも圧倒的に有利である。

 中国人に聞くと、
 「北京は別格」
 「中国人なら誰もが北京に住みたいと思っている」
と言う。
 そのために、地方に住んでいる富裕層の多くが北京にマンションを持っている。
 それが北京のマンション価格を高騰させている。

 当然のこととして、大金持ち(多くは共産党の幹部であり、権力者でもある)なら2環の内側にマンションを持っている。
 また、持っていなければ大金持ちとは見なされないだろう。

 そのような大金持ちは、ここでの推計から家族も含めて36万人と考えられる。
 彼らは2戸以上のマンションを保有していることも多いというから、実数は36万人以下かもしれない。

 いずれにせよ、2環の内側にマンションを待っている人が中国を動かしている。
 だから、マンションの価格が天文学的に高騰してしまったのだ。
 庶民は、そのことを知っている。そして、そのような状況に強い不満を持っている。

 中国では共稼ぎが普通だが、夫婦ともに大学を出たエリート家庭でも、世帯年収は30万元(約480万円)程度に留まる。
 そうであるから、エリートが不便とされる4環と5環の間にマンションを購入しようとしても、世帯収入の10倍の資金が必要になる。
 通常、購入できるマンションの価格は収入の3倍であるから、エリートでもマンションを買えないことになる。

 まして、多くの庶民の世帯年収は10万元(約160万円)に届かない。
 マンションは高嶺の花になっている。
 現在、北京でマンションを買っているのは、正規収入以外にグレー収入と言われる汚職まがいの収入がある人だけである。庶民はそれも知っている。

■制御不能な領域に達している不動産バブル

 価格に戸数を掛けて足し合わせると時価総額が計算できる。
 北京の5環の内側にあるマンションの時価総額は19兆6000億元になる。
 中国のGDPが51兆8000億元(2012年)だから、北京にあるマンションの時価総額だけでGDPの約4割を占めていることになる。

 先ほど述べたように、住宅の適正価格は年収の3倍程度であるから、大卒のエリート家庭が購入できるマンションは約100万元(約1600万円)である。
 そうすると、北京には大卒のエリートだけしか住んでいないと仮定しても、5環の内側にあるマンションの適正な時価総額は3兆6000億元にしかならない。

 つまり、北京のマンションの価格が適正な水準に下落しただけでも、中国は16兆元(約256兆円)もの富を失うことになる。

 中国の不動産バブルは1980年代後半の日本のバブルをはるかに上回っている。
 バブルがどのような形で、いつ崩壊し始めるかを予測することは難しいが、この数字を見る限り、中国の不動産バブルは既に制御不能な領域に達している。
 それが崩壊すれば、まさに人類の歴史に残る大きな出来事になるだろう。

川島 博之 Hiroyuki Kawashima
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現職。主な著書に『農民国家 中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』など



 
【劣化する人心と国土】


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