2014年1月16日木曜日

南シナ海「中国"海洋版"識別圏」(2):一歩踏み出した中国海洋戦略

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●中国は九段線(緑点線)内の南シナ海の支配権を主張している(地図作成:米国中央情報局)


JB Press 2014.01.16(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39672

南シナ海で中国監視船がベトナム漁船を襲撃またも一歩踏み出した中国海洋戦略

 2013年11月23日、中国は東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設定し日本・韓国・米国との間の緊張を一方的に高めた。
 引き続いて12月5日、南シナ海の公海上で中国海軍空母練習艦隊を監視中のアメリカ海軍駆逐艦に、中国海軍揚陸艦が衝突危険距離まで急迫するというニアミス事件を起こし、アメリカとの緊張関係を再度一方的に高めた。

 そして2014年元旦には、南シナ海の広大な中国“領域”を直接管轄する海南省が、中国国内法である「中華人民共和国漁業法」を実施する、という新規則を施行した(海南省が新規則を制定したのは東シナ海上空ADIZ設定から1週間後の11月29日だった)。

■スタンガンや警杖でベトナムの漁民を制圧

 南シナ海の“中国領”である島々・環礁ならびにそれらの周辺海域を管轄する海南省政府の規則という形で制定された「海南省による『中華人民共和国漁業法』実施方法」によると、
 「中国の支配権が及ぶ南シナ海の海域内で操業する外国人、外国漁船や調査船は、事前に中国当局(国務院関連機関)の承認を受けなければならない。
 許可なく操業した外国船は、漁業法や出入国管理法に照らした処置が課せられる」
とされている。

 このルールが適用される海域は、およそ350万平方キロメートルの南シナ海のうち200万平方キロメートル以上、すなわち南シナ海の60%程度の範囲に及ぶ。
 そして、外国人や外国船に対して課せられる処置としては、強制退去、収穫物の没収、漁船や装備品の没収、それに罰金(最高50万元)の課金などが含まれる。

 この海南省規則は、その大部分が国内漁業者向けであり、東シナ海上空でのADIZ設定のように対外的に公表されていない。
 そのため、いまだにこの新規則なるものは中国語バージョンしか公表されていない。
 しかし、その国内法の中には、国連海洋法条約をはじめとする国際法に抵触する上記規則が盛り込まれている。

 そして、新規則施行直後の1月3日には、海南省規則ならびに中国漁業法が実際に発動され、南シナ海パラセル諸島(西沙諸島:中国が軍事的に支配中。
 ベトナム、台湾が領有権を主張)周辺海域で操業中のベトナム漁船を中国海洋監視船が“襲撃”し、スタンガンや警杖で漁民を制圧した中国官憲がベトナム漁船の漁具と収穫した5トンの魚を没収する、という事件が発生した。

 この事件により、中国が勝手に主張している「中国政府により漁業活動が管理される南シナ海海域」で操業するベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレ―シアそして台湾などの漁船に対して一方的に脅威を与えることが公になった。

■アイスランドとイギリスの“タラ戦争”

 この種の漁業権の管理に関する領域紛争によって、武力衝突が引き起こされたり、その寸前に至った事例は少なくない。
 中でも有名な事例が、アイスランド周辺海域でのタラ漁を巡ってアイスランドとイギリスが3度にわたって対決した“タラ戦争”である。

 1958年、アイスランド政府は主要産業であるタラ漁を保護するためにアイスランド領海幅をそれまでの4海里から12海里に拡大した。
 それに対して、アイスランド周辺海域で多数の自国漁民が操業していたイギリス政府は異議を唱え、イギリス海軍軍艦をアイスランド領海(12海里)に派遣してイギリス漁船を保護するとともに、武力を行使してでもアイスランドの領海拡大を撤回させようとした。

 これに対して小国で正規海軍を持たないアイスランドは沿岸警備隊警備艇によって反撃し、イギリス海軍とアイスランド沿岸警備隊との間での小規模ながらも軍事衝突に発展した。

 1958年9月から11月の間に、イギリスは駆逐艦やフリゲートを含む37隻の各種艦艇を派遣し、それを7隻のアイスランド警備艇と飛行艇1機が迎え撃った。
 両者の間で砲撃も行われたが、戦死傷者は発生しなかった。
 結局、1961年2月、NATOによる調停の成果もあり、イギリスはアイスランドの12海里領海を承認し“第1次タラ戦争”は終結した。

 それから10年ほど経った1972年、アイスランド政府は自国のタラ資源を確保するために50海里のアイスランド漁業専管水域を設定した。
 これに対してイギリス政府と西ドイツ政府が反発し、再びイギリス海軍艦艇がアイスランド周辺海域に派遣され、イギリス海軍艦艇(駆逐艦1隻、フリゲート30隻、その他の艦艇11隻)やイギリス農水省武装タグボート(5隻)とアイスランド沿岸警備隊警備艇(6隻)ならびにアイスランド沿岸砲台などとの間で砲撃戦や軍艦同士の衝突戦が散発した(アイスランド側に戦死者1名)。

 冷戦中の当時、アイスランドはNATO側にとって、ソ連潜水艦の動向を監視するために極めて重要な戦略要地であった。
 そこでアイスランド政府はNATOに対して圧力をかけたため、NATOによる仲介が実施され、イギリス側はアイスランドの主張の大枠を認める形で“第2次タラ戦争”も集結した。

 50海里漁業専管水域を設定した後もタラ資源の減少に悩まされたアイスランド政府は、1975年、漁業専管水域を200海里に拡大した。
 これに異を唱えたイギリス政府は海軍軍艦と農水省武装タグボートをアイスランド周辺海域に派遣し、再びアイスランド警備艇との間で武力衝突が発生した。
 この“第3次タラ戦争”では軍艦同士の激しい衝突戦が頻発した。


●イギリス海軍フリゲート「シラ」に体当りするアイスランド警備艇「オーディン」(手前の小型艦)、(写真:英国海軍)

 イギリス側は22隻のフリゲートと7隻の補給艦それに9隻の武装タグボートを派遣し、アイスランド側は6隻の警備艇と2隻の武装トロール船で対抗した。

 戦力増強のためアイスランド政府はアメリカから砲艦を購入する交渉を開始したがアメリカ側によって拒絶されると、ソ連と軍艦購入交渉を開始した。
 それと並行して、アイスランド政府が再びNATOに圧力をかけたため、イギリス政府は対ソ安全保障上の理由によってアイスランドの主張を認めることで “第3次タラ戦争”は終息した。

■アメリカには多くを期待できない

 3回にわたる“タラ戦争”で、アイスランドが主張しイギリスがしぶしぶ認めた12海里の領海と200海里の漁業専管水域は、現在は国連海洋法条約によって12海里領海と200海里排他的経済水域という形で幅広く国際社会に受け入れられている。

 その国連海洋法条約が国際社会に定着しつつあった1995年、カナダとスペインの間でカナダのニューファンドランド沖のグランドバンクと呼ばれる海域でのヒラメ漁を巡る紛争が軍事衝突寸前までエスカレートした“ヒラメ戦争”が勃発した。

 このように、漁業権を全面に押し出した海洋領域を巡るトラブルは、イギリスとアイスランドあるいはカナダとスペインといった友好国間でも軍事力行使にエスカレートしがちな深刻な対立と言うことができる。

 このようなトラブルを友好国とは言えない中国相手に抱え込んでいる東南アジア諸国としては、海洋軍事力(海軍力・航空戦力・長射程ミサイル戦力)が中国に比べて圧倒的に劣勢である以上、当面は国連海洋法条約を盾にして中国の横暴を国際社会にアピールするしか対抗策はない。

 しかしながら、東南アジア諸国にとって頼みの綱であるアメリカには、オバマ政権が「アジアシフト」を唱えているものの、多くを期待することはできない。

 第1に、アメリカ自身がいまだに国連海洋法条約に加盟していない(参考:国連海洋法条約加盟国の一覧表。現在166カ国が加盟しており、中国や東南アジア諸国も加盟している)。
 したがって、国連海洋法条約を巡っての中国と東南アジア諸国間の交渉に、条約非加盟国アメリカが口を挟んでも説得力がないことになってしまう。

 加えて、オバマ政権はアジア太平洋方面の軍事力強化と言ってはいるものの、その実際は、ヨーロッパ大西洋方面での軍事力を大幅に減少させるのとは違って、アジア太平洋方面では少なくとも現状を維持させる、という程度のものである。無闇に海洋軍事力を強化させ続けている人民解放軍の戦力増大に比例して、アメリカが太平洋戦域に割くことができる海洋戦力が大幅に強化されることはない。
 したがって、相対的には西太平洋戦域での中国軍事力は強化され続け、アメリカ軍事力は低迷を続けることになる。
 このように、東南アジア諸国にとってはアメリカを当てにすることが極めて難しい状況が続くことが予想される。

■中国の南シナ海支配は日本にも大きく影響

 「中国漁業法」が南シナ海の広範囲にわたって適用されても、日本にとっては直接漁業権の問題は生じない。
 しかし、近い将来、東シナ海においても「中国漁業法」が何らかの形で適用される可能性は否定できない。
 その際には、日本の多数の漁船が現在以上に中国武装艦艇の直接的脅威に曝されることになる。

 それ以上に問題なのは、中国が南シナ海で警察権を実際に行使し始めたということが、
 いよいよ海軍力を背景にして南シナ海の大半を直接的にコントロールする具体的ステップを踏み出した
ことを意味している、という点である。

 すでに本コラム(「想像以上のスピードで『近代化』している中国海軍」)でも指摘したように、日本向け原油や天然ガスの大半が南シナ海を通過して日本にもたらされているため、南シナ海が中国にコントロールされることは日本のエネルギー資源の流れが深刻な影響を被ることを意味する。

 さらに悪いことに、南シナ海でアメリカ海軍が中国海軍を抑え込むこともできなくなりつつある。
 強力なアメリカ海軍力を持ってすれば、南シナ海に限らず世界の公海における航行自由の原則は確保しうると自負していたアメリカは、国連海洋法条約に加盟することすら見送ってきた。
 ソ連海軍が消え去ってからは、アメリカ海軍力に脅威を与える海軍が誕生することなど想定もせず、中国海軍が南シナ海や東シナ海で大手を振って動き回る事態に適応するような海洋軍事戦略の構築を怠ってきた。

 そして、急速に攻撃性をむき出しにしている中国海洋戦力に直面して、あわてて西太平洋方面の海軍力を強化しようにも、アメリカ自身が深刻な財政危機に直面しており、思ったようには海軍力の強化などできない状況に陥ってしまっている。

 そこで、アメリカが推し進めたいのは、中国の脅威に直面している日本をはじめとするアメリカの同盟国・友好国の軍事力を強化して、それらのアウトソーシングを活用し、なんとか中国に対峙しようという戦略である。

 日本としては、日本の生命線であるエネルギー資源航路帯としての南シナ海の自由航行を、横暴なる中国海軍戦略から保護するためにも、アメリカが希求する「アウトソーシング活用戦略」に協力する形で海洋戦力を飛躍的に強化させる必要がある。
 このことは、日米同盟の目に見える形での強化となり、同時に日本自身の自主防衛能力を大幅に強化させることを意味する。

北村 淳 Jun Kitamura
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論。米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務める。現在サン・ディエゴ在住。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)等がある。



ロイター 2014年 01月 16日 21:43 JST
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTJEA0F00C20140116

フィリピンが中国の漁業規制に反発 「必要なら海軍が漁船を護衛」


●1月16日、フィリピンのガズミン国防相は、中国の漁業操業規制に従わない方針を示し、必要なら海軍が自国の漁船を護衛すると述べた。シンガポールで2011年6月撮影(2014年 ロイター/Tim Chong)

[マニラ 16日 ロイター] -フィリピンのガズミン国防相は16日、南シナ海の領有権で対立する中国が導入した同海域の漁業操業規制に従わない方針を示し、必要なら海軍が自国の漁船を護衛すると述べた。

 中国は、今年初めから、外国漁船が中国沿岸の南シナ海に入る場合に中国当局の許可を得ることを義務付けた。

 ガズミン国防相は記者団に
 「かれらのルールに従うつもりはない。
 なぜ、他の国に許可を求めなければならないのか。
 かれらは、われわれの漁場を所有しているわけではない」
と発言。
 必要なら海軍が漁船を護衛する方針を示した。



レコードチャイナ 配信日時:2014年1月18日 14時15分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=81933&type=0

中国が南シナ海の警察権強化条例を施行?!
いっぱしの国際問題のしょぼい内実


●「おまえが何をやったかはわからんがともかく許せん」というナイスな抗議声明を台湾外交部が発表しました。写真は台北市の青天白日満地紅旗。

 「おまえが何をやったかはわからんがともかく許せん」
というナイスな抗議声明を台湾外交部が発表しました。

 今月9日の発表ですが、その大意は
 「外国メディアによると、中国は南シナ海における警察権を強化したらしいけど、そんなん許さへんで」
というもの。
 何をやったのかよくわからないがとりあえず抗議しておく、という異例の声明です。

 実際は何があったのかというと、
 「海南省、『中華人民共和国漁業法実施』弁法修正案の発効」
であります(11月29日可決、1月1日発効)。
 本来は11月のネタなのですが当時はほとんど盛り上がることなくスルーされていました。
 今回、英語圏で取り上げられたことで蒸し返され、フィリピンのロサリオ外相が注視するとコメント。
 台湾が抗議声明。
 そして中国外交部報道官もコメントというそれなりの騒ぎに発展しています。

■いっぱしの国際問題の、非常にしょぼい内容

 というわけで、いっぱしの国際問題となったこの修正案なのですが、実は内容が非常にしょぼいのです。

 英語圏の報道についてブログ「海国防衛ジャーナル」のエントリー「中国 南シナ海の3分の2にわたる海域の支配強化へ」が取り上げています。
 ポイントは
 「南シナ海の3分の2という巨大な『海南省管轄海域』で漁業または調査を実施する際には国務院関連機関の認可が必要。
 違反すれば強制退去、拿捕、罰金などの措置をとる」
というところ。

 これだけ見ると、中国が南シナ海の支配を強化しようとしている!と騒ぎたくなる気持ちも分かります。
 ですが、改訂前のバージョン、すなわち2008年改訂版の「海南省、『中華人民共和国漁業法実施』弁法」でも外国船の許可を得ない操業、調査活動は違法行為とされていまして。
 罰金額が具体化されたなどの違いはあるにせよ、基本的にはあまり変わっていないのです。

 中国外交部記者会見でも華春瑩(ホア・チュンイン)報道官は「漁業法と海南省条例の歴代文面を見返してくだされ」と切り返しています。

■中国にイヤミを言うチャンス、だったのに…

 そもそも海南省管轄海域とは、中国側の主張する排他的経済水域(EEZ)のこと。
 海南省の条例があろうがなかろうが、EEZ内の漁業と資源調査には許可が必要です。
 もちろんフィリピン、ベトナム、ブルネイ、台湾などの関係国・地域は「そこは中国のEEZじゃない」と対立しているわけですが、問題は領土、領海、EEZの線引きであり、海南省の条例なんぞどうでもいい話でしかありません。

 もっとも、東シナ海防空識別圏の公表が11月23日。
 海南省条例可決が29日という日程を考えると、何か裏があるのではと考えるのも致し方ないところ。
 華報道官は「漁業資源の保護や漁業生産者の権益保護が目的」と説明していますが、本当にそうなのでしょうか?
 まあごく普通のことしか書いていない条文を眺めたかぎり、本当にそうかもしれない…とも思ってしまうわけですが。

 ただ痛くもない腹をさぐり、ちくちくイヤミを言うのが正しい外交。
 特に今は中国が南シナ海防空識別圏を設定するのではないか、強硬に南シナ海の支配を確立するのではないかと疑念が持たれているタイミングです。
 それなりに騒いだり抗議したりイヤミを言ったりして中国を牽制するのが正しい外交的態度というものでしょう。

 そういう観点から考えると、なんとも惜しまれるのは安倍首相の靖国参拝。
 参拝がなければ今回のような小ネタでもそれなりに盛り上げられたと思うのですが、それ以上の大ネタである靖国参拝の盛り上がりが去っていない以上、このネタが早期に立ち消えしてしまうのは避けられないように思われます。
 日本外交の視点に立てばちょっと残念という結論になるでしょう。

◆筆者プロフィール:高口康太(たかぐち・こうた)
翻訳家、ライター。豊富な中国経験を活かし、海外の視点ではなく中国の論理を理解した上でその問題点を浮き上がらせることに定評がある。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。



【劣化する人心と国土】


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