2014年2月18日火曜日

英国紙に中国の大使が「反日」寄稿:中国の主張を冷静に聞き流す読者たち

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JB Press 2014.02.18(火)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39938

英国紙に中国の大使が「反日」寄稿、
寄せられた500件のコメントの中身とは

 1月7日から始まったソチ五輪。熱闘を繰り広げているのは選手ばかりではない。場外では日中両首脳が火花を散らした。
 ロシアのプーチン大統領をめぐる綱引きもさることながら、神聖なるスポーツの祭典を“日本包囲網の好機”とばかりに、露骨に政治利用しようとする中国のやり方は目に余るものがあった。

 習近平国家主席のソチ滞在は43時間だったが、その間に12のアポイントを取り付け、プーチン大統領ほか、国連の潘基文事務総長やアフガニスタンのハーミド・カルザイ大統領、ギリシャのカロロス・パプーリアス大統領やチェコのミロシュ・ゼマン大統領との会談を持った。さらにはロシアのテレビ局からの取材も受けた。

 中露首脳会談は、日露首脳会談よりも2日早い2月6日に行われた。
 40カ国以上の首脳が集まるなか、中国はロシアとの最初の会談を取り付けたのだ。
 会談ではシルクロード経済ベルトを中心とした経済関係の強化に話が及び、ロシア側も石油開発、核エネルギー開発、航空宇宙などの領域における中国の協力への期待を示した。

 他方、潘基文事務総長との会談では「2015年は連合国成立70周年であり、世界反ファシズム戦争と中国人民抗日戦争勝利70周年でもある」とし、「連合国は国際社会に向けた記念活動をプッシュすべし」と呼びかけた。
 習近平氏は日本を包囲し、孤立させることも忘れなかったのだ。

 こうした中国による日本包囲作戦は、すでに2013年末の安倍晋三首相の靖国神社参拝以降、徐々にトーンを強めている。
 おそらくロシアのテレビカメラに向かっても日本バッシングを展開したことだろう。

 一方で、「安倍晋三首相の訪露はロシアで好感されている」(産経新聞)とも伝えられた。
 40カ国以上の首脳が集まるなか、プーチン氏は安倍首相との会談後に昼食会を用意したのだ。
 これに日本メディアは敏感に反応し、プーチン氏が習近平氏とは食事をしなかったことから、「日ロ首脳間の信頼関係の深まり」(朝日新聞)と前向きに解釈した。

 しかし現実は、経済協力は進展を見せるものの、北方領土問題は依然日本に「譲歩」を迫るという厳しい情勢に変わりはない。

■外交部長がアルジャジーラで日本非難

 2014年1月、王毅中国外交部長はカタールの衛星テレビ局アルジャジーラの取材を受けた。
 それは、2013年12月、同部長が中東訪問時にイスラエルとパレスチナの和平交渉に及んだことが主要な内容だったが、最後となる第9番目に、防空識別圏設定の質問において、話は安倍首相の靖国神社参拝にまで及んだ。
 同部長は「靖国神社は軍国主義を鼓舞する対外侵略の象徴だ」と強調した。

 中国によるこうした“世界規模での世論形成作戦”は、年が明けるといっそう熱を帯びる。

 1月に安倍首相はアフリカを歴訪したが、訪問先の、AU本部のあるエチオピアで安倍首相は、日本とアフリカ開発銀行の協調融資であるEPSAの融資額(2012年から5年間)の倍増や、アフリカの紛争・災害に対応するため、約3億2000万ドルの支援の実施について用意があることを表明した。

 安倍首相がアフリカ歴訪を終えた1月15日、解暁岩駐エチオピア中国大使が早速記者会見を行い
 「日本は歴史を尊重しない国だ」
 「安倍首相はアジアにおける最大のトラブルメーカーになった」
と吹聴した。

 同大使以外にも、駐南アフリカ大使、南太平洋のバヌアツ駐在大使、東欧のボスニア・ヘルツェゴビナ駐在大使、さらには駐オーストラリア大使など、各国駐在の大使を動員して、日本バッシングをあちこちで展開した。

■日中大使がイギリスで正面から激突

 日中大使が正面から激突し、舌戦を展開する舞台となったのがイギリスだった。
 きっかけは劉暁明駐英大使が1月1日に寄稿した英紙「デイリー・テレグラフ」(WEB版)の記事だ。
 劉駐英大使が人気小説「ハリー・ポッター」シリーズに登場する悪役の「ヴォルデモート卿」を持ち出し、「日本はまるでヴォルデモート卿のようだ」と日本を批判した。
 これに対し、林景一駐英大使は1月5日、同じ媒体において「軍備拡張を続ける中国こそヴォルデモート卿だ」と反論した。

 これを受けて1月初め、英BBCの番組「NEWS NIGHT」が、日本の林景一駐英大使と中国の劉暁明駐英大使をスタジオに招いた。
 プレゼンターのパックスマン氏が日中関係について斬り込んだ。

 インタビューには先に日本の林大使が、それに続いて中国の劉大使が臨んだ。
 それぞれ4分ほどの持ち時間だが、出演時間を別々に分けたのは、大使らの議論がヒートアップすることを恐れたためだと言われている。

 これは日本にとっては汚名返上のための絶好のチャンスでもあった。
 だが、林大使は十分に力を発揮できなかったようだ。
 どう贔屓目に見ても「窮地に立たされて、たじたじ」という感は否めず、パックスマン氏がもたついている回答にジリジリしている様子も垣間見られた。
 中国紙も林大使の英語力について「十分に流暢ではない」と批評した。
 内容以上に「英語力」で差がついたとは意外であった。

 他方、中国の劉大使は、二番手という立場の有利を利用し、インタビューの流れをすっかり自分のものにすることに成功した。
 「私の言うことを最後まで聞け」とばかりに誘導し、日本の無条件降伏と、満州・台湾・澎湖諸島の中国への返還、朝鮮の自由と独立などに言及した宣言が出された1943年のカイロ宣言にさかのぼって言及した。
 最後は「実際、安倍は対話のドアを閉じており、歴史認識のない安倍とは韓国も会見を拒絶している」と締めくくった。

■説得力に欠ける劉大使の文章

 しかしながら、デイリー・テレグラフ(WEB版)に寄稿した内容は、劉大使のものよりも林大使のものの方が、はるかに説得力のあるものだった。

 劉大使の寄稿は、安倍首相の靖国参拝から始まり、靖国神社の説明と、靖国への訪問は中国や韓国の強い非難があること、安倍首相には自責の念がなく、中国脅威論を高め軍国主義への復活に都合のいい言い訳にしていることなどが挙げられた。
 総じて観念的で、言いがかり的な要素の強い印象を与え、根拠のない非難で日本に対する不信感を植え付けさせようとする狙いが透けて見えるものであった。

 その劉大使の文章に比べ、林大使の寄稿は事実を淡々と述べたものであった。
★.2013年2月のレーダー照射事件は戦闘行為にも等しいこと、
★.中国船は繰り返し日本の領土に侵入していること、
★.また一方的な防空識別圏の設定
にも及んだ。
 さらには日本が
★.戦後68年の間、民主主義国家であり続けたこと、
★.人権を尊重し、
★.世界平和にもコミットしてきた
ことなどを述べた。

 さらに、過去20年において自国の軍事費が10%以上も増加している国が、隣国を軍国主義と呼ぶことの矛盾も指摘した。
 そして、中国が好んで使う「ドイツの謝罪」を例に挙げ、これにはドイツのリーダーの誠実さとともに、フランスや英国、その他欧州のリーダーたちの寛大さが、和解への達成をもたらした重要な要素であったことを加えた。

 ちなみに、劉大使は自らの文章の後半で、近々イギリスで公開予定の映画「The Railway Man(レイルウェイ 運命の旅路)」について、ここぞとばかりに「第2次世界大戦時に日本軍に苦痛を与えられた英国の捕虜の悲劇の物語だ」と取り上げた。

 しかし、この映画は劉大使の意図する材料にはなり得ないものだった。
 主人公は確かに第2次世界大戦時に日本軍の捕虜となり、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設現場で過酷な扱いを受けた。
 だが、この映画は、残虐さではなく、戦争がもたらした憎しみを乗り越えての「和解」がテーマだからだ。

 ちなみに、主人公は泰緬鉄道での過酷な体験の記憶にいまだ苦しめられるという生活を送っているのだが、ひょんなことから当時の日本人通訳の永瀬が今も存命であることを知る。
 その男性は、償いの思いから戦争体験を伝えようとタイで暮らしていた。
 永瀬隆氏は実在する人物である。
 その永瀬を真田広之が演じているが、
 「日本人として、このストーリーを世界に語らなければいけないと思った」(シネマトゥデイ)
とコメントしているのは興味深い。

 おそらく劉大使もここまでの内容とは知らなかったのかもしれない。
 「和解」をテーマにしたこの作品、劉大使にも、また多くの中国人にもぜひ見ていただきたいものである。
 林大使が指摘するように、和解は両者の未来志向の寛容さによってもたらされる。
 世界世論に訴えて圧力によって覆すといった手段で行うべきものではない。

■中国の主張を冷静に聞き流す読者たち

 さて、さらに関心を引くのが、読者から記事に寄せられたコメントである。
 デイリー・テレグラフの読者の間では、
★.「チベット問題はどうなのか?」
★.「ウイグル問題はどうなのか?」
★.「天安門事件は?」
★.「文化大革命は?」
などの議論が持ち上がった。
 いずれも中国にとっては“禁断の泣き所”である。

 参考までにマリナ・メンデスさんのコメントを紹介しよう。

    I am too far away from both Japan and China to really have a strong interest in their problems with each other. But in my humble opinion, the Chinese government must compensate and apologize to the Tibetans and Uighurs, and vacate their homelands which it has invaded and occupied illegally through killing and wars of conquest, before it can talk to Japan about any similar issues (apology, militarism, etc.)

 要約すれば
 「日本の謝罪や軍国主義について語る前に、中国政府はチベット、ウイグルに対して謝罪すべきである」
という内容である。

 中国に有利な世論を形成するには、
 日本に「軍国主義」の烙印を押すのが手っ取り早い。
 だが、それは69年前の終戦までの話であり、現在に至るまで日本はどことも戦火を交えていない。
 建国後も国内外で武力をふりかざし軍事予算を積み増す中国が、「日本は軍国主義だ」と中傷しても、なんら説得力を持たない。
 ましてや、世界の国民が冷静に判断すれば、
共産党独裁で人権をないがしろにする中国が、日本のことを言えるのか?
という議論にも容易に発展する。

 中国はテレビ放送など多様な手段を通して日本攻撃を展開している。
 中国中央テレビだけでも24チャンネルを有し、
 6つの公用語で放送、
 また中国ネットテレビに至っては12言語での視聴が可能だ。
 世界への情報伝達力は、いまだ「NHKワールドの英語放送」の域を出ない日本をはるかにしのぐものがある。
 また、各国駐在大使を総動員しての刷り込みも効果を上げたかもしれない。
 さらにネット上では、「世界に散らばるイングリッシュネイティブの中国系」が中国政府の主張を声高にバックアップするシーンも日常化している。

 ただし、それらは共産党の宣伝メディアによる情報発信であり、鵜呑みにできるものではないことを、一部の聴衆は認識している。

 デイリー・テレグラフに書き込まれた500を超えるコメントの中には、中国支持者によるものももちろん存在した。
 だが、それでもなお、全体としては中国の一面的な発信に疑問を投げかける冷静な読者が世界に存在することを告げるものであった。

 ものごとを多面的に見る習慣を持つ国際感覚のある人たちから見ると、中国の対日バッシングはいかにも「子供じみた行為」に映る。
 中国は世論形成作戦をあまりやり過ぎると、かえって藪蛇になるだけだろう。

Premium Information

姫田 小夏 Konatsu Himeda
中国情勢ジャーナリスト。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務等を経て97年から上海へ。翌年上海で日本語情報誌を創刊、日本企業の対中ビジネス動向を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、東京で「ローアングルの中国ビジネス最新情報」を提供する「アジアビズフォーラム」を主宰。現在、中国で修士課程に在籍する傍ら、「上海の都市、ひと、こころ」の変遷を追い続け、日中を往復しつつ執筆、講演活動を行う。著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)。目下、30年前に奈良毅東京外国語大学名誉教授に師事したベンガル語(バングラデシュの公用語)を鋭意復習中。