2014年2月12日水曜日

中国と台湾、分断後初の閣僚級対談:台湾侵攻の恐怖に怯える

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● 47ニュースより


AFP BBニュース 2014年02月11日 21:22 発信地:南京
http://www.afpbb.com/articles/-/3008258

中国と台湾、分断後初の閣僚級対談


●中国江蘇(Jiangsu)省南京(Nanjing)市で、1949年の分断後初めてとなる中台閣僚級対談に臨んだ台湾行政院大陸委員会の王郁※(Wang Yu-chi、※=王ヘンに奇)主任委員(閣僚、左)と、中国国務院台湾事務弁公室の張志軍(Zhang Zhijun)主任(閣僚級、2014年2月11日撮影)。(c)AFP/Mark RALSTON

 【2月11日 AFP】1949年の中国と台湾の分断後、65年間で初めてとなる閣僚級会談が11日、中国江蘇(Jiangsu)省南京(Nanjing)市で行われた。

 会談を行ったのは、台湾の対中政策を管轄する行政院大陸委員会の王郁※(Wang Yu-chi、※=王ヘンに奇)主任委員(閣僚)と、中国国務院台湾事務弁公室の張志軍(Zhang Zhijun)主任(閣僚級)。
 王氏は同日から4日間の日程で中国を訪問している。

 互いに主権を認めていない両国の対談とあって、部屋の装飾は中立的で国旗などがなく、テーブルに置かれた名札にも肩書きや所属は書かれていなかった。

 今回の閣僚級会談は、急接近中の両国の経済関係をてこに、政治的にも関係改善を図ろうと時間をかけて取り組んだ努力が実を結んだものだ。

 発表された声明によると、王氏は最初の発言で
 「われわれにとっては同じテーブルで膝を突き合わせ、さまざまな問題を話し合うこと自体が容易なことではない。
 今日ここにともに座り、正式に集い、公式会談の場を持ち、海峡の両岸の人々が関心を持っている問題を一緒に検討していることが、中台関係の新たな1章を意味するもので、記憶にとどめるべき日だ」
と語った。
 また近い将来の張氏の台湾訪問にも期待を述べた。

 会談が行われた南京市は20世紀前半、中国国民党(Kuomintang of China)が支配する中華民国の首都だった。
 しかし多くの命を奪った第2次国共内戦で、1949年に毛沢東(Mao Zedong)の中国共産党に敗北すると、国民党の指導者・蒋介石(Chiang Kai-shek)と200万人の支持者たちは台湾へ逃れた。

 以来、別々に統治されてきた中国本土と台湾はともに「中国の真の政府」を主張し、90年代になってようやく準政府機関を通じて接触を回復させた状況だ。
 しかし中国共産党は今も自党の下での全中国の再統治を目指しており、台湾については本土との再統一を待つ抵抗地域とみなしている。

 台湾は1971年には国連(UN)常任理事会での中国の代表権を失い、台湾を主権国家として承認する国の数も減るなど、数十年の間に外交的に孤立を深めていった。
 しかし一方で軍事的には米国の支援を受け、また経済は長期にわたる好景気が続いている。

 今回の会談に関する公式議題は一切発表されていないが、会談は信頼醸成のための象徴的なものだというのが大方の見方だ。
 また王氏は事前に、いかなる合意文書にも調印しないと述べていた。
 台湾側は、経済的利益や安全保障上の言質を取るといった実利的な面に専念するとみられ、また中国側は長年譲らない台湾併合の一点に集中するとみられている。
(c)AFP


 中国は尖閣諸島において日本に手出しできない状態にある。
 つまり
 武力制圧できないジレンマは当然、
 当局が先頭に立って煽りに煽っているだけに、
 中国人民の社会不満を巨大化
させることになる。
 政府はこの不満をどこかにもっていき吐き出させないと
 圧力容器としての中国は爆発粉砕
してしまう。
 これに危機感を感じているのが台湾である。
 尖閣に向かっていた中国の圧力が日本という強固な壁に阻まれて行き先を失うと、
 それは奔流のように台湾に向かってくる。
 中国にとって台湾は国内問題であるとみなしているから、踏み出したところで周辺諸国からの非難は蹴飛ばすことができる。
 台湾当局は中国のこの態度を最も怖れる。
 日本が尖閣で譲歩することはなく、中国はそれに手出しできないなら、残る選択肢は台湾しかないのである。
 台湾が怯えて、中国に歩み寄る姿勢を見せるのも、わかりやすいパワーバランスによる。
 尖閣問題は台湾の存亡にも影響している。

 もう一つの考え方がある。
 中国が行き詰まったあとのことを踏まえての長期戦略である。
 台湾に本土の旅行客をどんどん呼んで、台湾の実態を見させる。
 本土の人に台湾を実感させて、台湾はいかに民主的に運営されているかを印象づけておく。
 そして、近い将来共産党が行き詰まったときに、本土に戻るという可能性を探るということである。
 中国が共産党の独裁というものに嫌気を感じてきたとき、その代替に滑り込もうという戦略である。
 そのために、大陸との関係をうまく作っておいて歓迎される形で大陸に戻れればこれにこしたことはない、というわけである。
 

(共同通信) 2014/02/12 12:03
http://www.47news.jp/47topics/e/250250.php

【中台に当局間対話体制】 新たな関係へ握手 思惑交錯、駆け引き激化

中国と台湾の主管官庁トップは11日、1949年の分断後初の公式会談で握手を交わし、新たな関係に向けて当局間の直接対話をスタートさせた。
 台湾統一を目指し、平和協定などへの「政治対話」を迫る中国。
 これを拒みつつ、経済や国際活動の拡大につなげたい台湾。
 それぞれの思惑を胸に、中台初の首脳会談などをめぐり駆け引きが激化しそうだ。

 ▽伏線

 「両岸(中台)関係は、新たな章に入った」

 台湾の大陸委員会の 王郁キ(おう・いくき) 主任委員(閣僚)は会談冒頭、にこやかに語った。
 「両岸は一つの家族だ」と笑顔で応じる中国国務院台湾事務弁公室の 張志軍 (ちょう・しぐん) 主任。
 200人を超える報道関係者が見守る中、温かいムードで始まった。

 会談が行われた江蘇省南京は 孫文 (そん・ぶん) が指導した辛亥革命で「中華民国」が樹立された歴史的な土地。
 中華民国を現在も「国号」とする台湾側が会談場所として提案、受け入れられたという。

 会談の伏線となったのは昨年10月、台湾側との会合での 習近平 (しゅう・きんぺい) 中国国家主席の発言だ。

 「(中台の)政治的な立場の違いはいずれ解決されなければならない

  中台の政治対話は進んでいないが、 「中華民族の偉大な復興」を掲げる習氏は、政治対話のため「双方の主管官庁責任者が会って意見交換してもよい」と語った。

 分断後、一時期は砲火も交え、長らく敵対した中台が対話の時代を迎えたのは93年。
 冷戦終結や89年天安門事件などの激動を経て、中台は主権をめぐる争いを棚上げし、「民間」窓口機関による対話に着手した。

 対中関係改善を掲げる 馬英九 (ば・えいきゅう) 政権が2008年に発足すると経済交流が拡大した。
 今回の当局間対話のスタートにより、政治課題の協議も視野に入る段階となった。

 ▽尊重

 「海が隔てる両岸にはそれぞれ施政権があるという現実に向き合い、台湾人民の気持ちを大陸は尊重してほしい」。
 王主任委員は1月末の記者会見で中国に呼び掛けた。

 71年に中国の代表権を認めた国連から追放された台湾は国際活動の拡大に中国の存在が大きく立ちはだかる。
 中国と軍事的敵対状態が続くが、総力では既に中国が圧倒。
 馬政権下で交流が拡大した経済分野でも中国の影響力は日増しに強まる。

 「中国は台湾の与党、国民党を既にポケットに入れた。
 今度は野党、民主進歩党(民進党)の番だ」。
 独立志向の 陳水扁 (ちん・すいへん) 前政権で安全保障担当だった元高官が分析した。

 馬総統の支持率が10%台に低迷する中、16年次期総統選での政権交代もにらみ、中国側は野党関係者を中国に招くなどして野党勢力の取り込みに動いているという。

 ただ昨年10月に台湾のテレビ局が「独立」か「統一」かの二者択一を尋ねた世論調査では
 71%が独立と回答。
 中国が露骨な統一攻勢に出れば台湾市民が反発する状況に変化はない。

 台湾側は、11日の会談で注目されていた中台首脳会談は議題にならなかったとしており、政治的インパクトの大きいテーマの扱いの難しさを浮き彫りにした。




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